体と向き合い生きていく

臍帯ヘルニアで生まれ、腸閉塞と共に歩む日々をご紹介!

出産と共に臍帯ヘルニア発覚!闘病人生の始まり

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こんちには!yukaです(^^)

本日は私の出生時のお話をしていきたいと思います!

 

yuka誕生

私は両親の初めての子供として生まれてきました。両親とも初めての子供の出産ということでドキドキしていたようです。

事前に赤ちゃんが女の子と言うことが分かっていたので名前の候補もいくつか考えていたようです。

家から近い産婦人科の病院で出産予定でした。

元号が平成になり少し経った頃、ついにその時はやってきました。

 

臍帯ヘルニア発覚!

今の時代だと生まれる前に赤ちゃんに異変があると分かると思うのですが、当時は詳しく分からなかったんですね。出産に立ち会った父の話によると、生まれた赤ちゃんのお腹の上に拳くらいの大きさの黒い物が乗っていたそうです。

 私が生まれたとたんに看護師さん達が慌て始め、お腹の上の黒い塊はガーゼで覆われました。

ここで初めて生まれた赤ちゃんが臍帯(さいたい)ヘルニアであることが判明したのです。

そりゃぁ先生や看護師さんもビックリしますよね(‐‐;)

母親は私の顔を見る間もなく、私は近くの大きな病院へ搬送されることとなりました。

 

臍帯(さいたい)ヘルニアとは??

聞きなれない名前だと思いますが、簡単に言うと胃や腸、肝臓などの内臓がお腹の外に出た状態で産まれてしまう状態をいいます。

本来だと先にお腹の壁が出来て、その中に臓器が収まるらしいのですが…私はそれが待てなかったんですね。生まれる前からせっかちだったみたいです(笑)

どの臓器が出てしまうか、どれくらいの量がでてしまうか等は人によって様々で、状態に応じて治療が行われます。

私の場合、小腸・大腸・子宮・膀胱が出ていたそうです。

 

お父さん手術します!名前を決めてください!

病院に発送された私は手術室へ直行となりました。

臍帯ヘルニアで産まれた場合、出ている臓器をお腹の中に戻す必要があります。

手術の際に一番必要だったものは“名前”でした。保険の関係で必要になるそうで、父は病院で名前の決断を迫られ、母への相談もできず勝手にyukaと名付けたそうです(笑)

未だに母に恨まれています…可哀そう(‐‐;) 

私の場合出ていた臓器が少なかったので手術は1度で終わりました。

 

その後は術後の経過も良く、無事に退院することができました!

私が生まれた産婦人科の先生に当時「うちの病院が始まって以来の重病人」と言われ記録を残してしまったようです(笑)

 

少しでも参考になることがあれば嬉しいです!

ではまた♫